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荒くなった呼吸を深呼吸で整えて、佐倉蜜柑は決心したかのように一歩、彼との距離を縮めた。東の森の入り口付近。きっとここに日向棗がいるのだろうと予想はしていたのだが、それが見事的中すると拍子抜けするよりむしろ警戒してしまう。棗がこうして授業を抜け出すのも、蜜柑が彼を教室に連れ戻そうとするのも日常茶飯事で、説得して教室に戻る筈が喧嘩になって放課後まで膠着するというのも珍しいことではない。それでも棗は、授業をサボる時は決まってこの場所に来る。――全く、こいつはアホちゃうか。毎回場所を変えるとか、そういう考えはないのか。 蜜柑がこっそり小さく息を吐いたのと、木陰で雑誌を読んでいたらしい棗が顔を上げたのはほぼ同時だった。あまり好意的とは言えない彼の視線(もとい、無言の圧力)に一瞬怯むが、臆せずに眉を吊り上げた。 「ったく、毎日毎日こんなところで授業サボって。毎回呼びに来るウチの身にもなってみ?元パートナーだからってウチが毎回指名されるんや。迷惑しとるんやけど」 もはや説得の態度ではなく喧嘩腰の蜜柑に、棗は無言のまま再び視線を落として雑誌をめくりはじめた。――こいつ、今日はとことん無視する気か。 蜜柑は棗のこういうところがとても哀しいと思うし、大嫌いだ。見ていて無性にイライラする。 (…なんで毎回ウチが来なあかんのやろ) 断ることはできるはずなのに。決していい成績は取れないのに、また授業についていけなくなる。階級も下げられるかもしれない。(中等部にもなってシングル?いい笑いものだ。できることなら二度と初等部の時のような苦渋は味わいたくない。)そんなリスクを背負ってまでどうして世界で一番不快な男を教室に戻すために体力を使わなければならないのか。授業を受けなくたって、こいつの成績はとてもいい。 (あー、もう!) 「棗、もういい加減に、」 しろ、と言うつもりがそこで蜜柑は喉を震わすことをやめた。再び顔を上げた棗と視線がかち合った。その赤い色に言葉は吸い込まれて消える。一瞬時間が止まったかのような錯覚に溺れ、蜜柑は中途半端に開けた口を閉じることも忘れ、今何を言おうとしていたのか、どうしてここでこいつと目があって、というか、彼のどこか真剣な顔を見て、一瞬思考が制止したことに戸惑う。戸惑ってしまったことに動揺する。(あれ?) 「間抜け面したままぼさっと立ってんじゃねーよ」 途端、棗の口から零れた辛辣な言葉で全てが戻る。(何、いまの) 「…は?誰が間抜け面って、」 「てめーのことだろ、どれだけ思考力鈍ってんだお前。そもそも何か言うなら最後まで言えよ馬鹿丸出しの呆けた顔でいつまでも人を見下ろしやがって」 そこまで一気に言われて、蜜柑の中で何かがかちりと音を立てた。スイッチが入った。 「なんっ…!もういっぺん言ってみ!」 「一度で理解できないのか、その頭は。可哀相だな」 「ちょっとなんやその言い方ー!」 「は、何て顔してんだお前」 棗が薄く笑う。もう頭にきた!と蜜柑が怒鳴る。 「もういい!次はもう絶対先生に何言われようが断る!」 「いちいち騒ぐな、うるせえな」 言いながら立ち上がって歩き出す棗に、控えめとは言えない音量で罵声を浴びせながら蜜柑は彼を追う。ひとつ言えばふたつ言葉が返ってくるから、むきになって言い返しながら、棗が言葉に詰まるような返し方はないものかと思案して、歩く。棗の足がまっすぐ中等部校舎へ向かっていることも、蜜柑に歩幅を合わせて歩いていることも気付かないまま。 学園アリス || 棗+蜜柑 |