かみさま。やっぱり時々は足が竦むのです、  皮膚が裂ける。血管が薄く破れて、体内を激しく循環していた赤が外界へ滲み出す。あ、斬られたのかと気付いた時は手遅れで、声を上げる間もなく地に伏すことしかできなかった。
「天田!」
 どこか遠いところから声が聞こえる気がした(実際はとても近いところに彼はいる)。冷静沈着、時にはこの人に感情はあるのだろうかと疑いたくなるほどの鉄仮面を外して、今は若干の焦りを含んでいるのだと声だけでも充分に判断できた。ああ、シャドウを倒さなくちゃ。そう考えた次の瞬間には僕が対峙していたシャドウの断末魔が聞こえ、辺り一帯は急に静かになる。
 召喚器を構えていたリーダーはふう、と息を吐いてから、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
「立てるか?傷の具合は?」
 MP3プレイヤーが視界を掠めて、この人がかがんでいるのだとわかる。別に大した傷じゃないです。咄嗟に避けましたから、傷はごく浅いです。そう言おうとしているのに、唇がうまく動かない。口を開き、声帯を震わそうと努力はしてみるものの、ひゅうひゅうと小さく呼吸するだけに留まっている。
「岳羽、頼む」
 いつまでも物を言おうとしない僕を見て、リーダーはゆかりさんに命令を下した。僕は平気です。自分で回復できます。頭の中では反発するように叫んでいるのに、舌は痺れたように一向に動こうとしない。動かないでね、と心配そうなゆかりさんの声と共に、ペルソナ召喚独特の気配と温かな光が僕を包むのがわかった。もともとそう酷くもない傷は、見る間に塞がってゆく。傷も回復し、もとより体調も万全であったというのに、のろのろと起き上がるとどっと疲れが湧きあがる。ゆかりさんに礼を言おうとしても、まだ声帯は馬鹿になったままだった。
「あんまり無理すんなよォ、少年」
 順平さんの軽口に、僕は曖昧に頬の筋肉を引き攣らせることしかできない。なんて情けない。
「ねえ、一度引き返した方がいいんじゃない?」
「えーっ、まだまだ行けるって!なあ?」
「いや、一度戻ろう。…山岸、」
 ぶーぶーと文句を言い続ける順平さんを無視する形で、リーダーは風花さんに連絡を入れた。エントランスに帰還する旨を簡潔に伝え、脱出ポイントの位置を確認している最中、彼は不意に僕の方を見た。彼の目はどこか冷たく、何もかもを見透かしているような気がして時々恐ろしくなる。僕のことを気にしてるなら、大丈夫ですから早く行きましょう。頭の中ではするりと浮かぶ言葉は、遂に吐き出されることはなかった。
 足を引っ張ることはしません。どうか僕を連れて行ってくださいと、半ば懇願するように主張したのは僕自身だというのに。まさか僕はこの期に及んで、怯えているとでもいうのだろうか。いやまさか。今更何を恐れるというのか。死さえ厭わないと決意した筈ではなかったか。




祈りにも似た決意
(070320)