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身近な人間が死ぬと、哀しいというよりはむしろ何かが欠けたような感覚がするのだと改めて思い知らされた。今まで自分自身を構築していたうちの一つが、(それはどんな役割を果たし、どこに位置していたとははっきりと言及できないのだけれど)知らない誰かによって抜きとられるような気さえする。真田明彦にとって、その感覚は今までの人生で二度、経験したものだった。 とはいえ、二度目はつい昨日のことなので、未だにその感覚も鈍くゆるゆると心臓のあたりを這い回るばかりで、大切な何かを抜き取ろうとはしない。それはいいことなのか悪いことなのか判断は出来かねるが、いずれは欠けてしまうのだから今はまだ大切に抱えている気でいる。学校をサボって商店街のラーメン屋に足を運んだのも、もしかしたらそういう思いがあるからかもしれない。 (お前はこれを聞いたら盛大に呆れるだろうな) その様子を想像するだけで知らない内に笑みが零れる。感傷に浸るというやつだろうか。まだ実感は湧かないが、この行動と思考を、あの男は女々しいと評するだろう。もしくは学校をサボってこんなところまで足を運んだことに驚いて、それから笑うのだ。口の端を上げて、目だけは昔のままで。 はは、と笑ってみると、自分でも驚くほど淡白な声が、平日の商店街に吸い込まれる。ラーメン屋の入り口をくぐればそこにあの口と目つきの悪い幼馴染が特製ラーメンを注文してるんじゃないかと馬鹿げたことを考えているうちに、心臓の辺りから、何かが欠けていくのを確かに感じた。 たとえば細胞のひとつがほどけるように 店の前で怪しいですよ先輩 (070320) |