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最初は多分、目、だった。 茶色の瞳に怯えを混ぜて、彼女はそれでも真っ直ぐ僕を見る。僕は動かない。いや、動けないといったほうが正しい。真夜中の寮、妙なこどもにカードを手渡され、言われるがままにそこに署名をした途端、こどもは消えてその代わりに出てきたのは同い年くらいの女の子だった。わけのわからないまま立ち尽くす僕に向けて、彼女は茶色の目に怯えを混ぜて、それでも僕を見据えて、警戒心を露わにしている。一体なんなんだ、とか、キミは誰なんだ、とか、そういった類の言葉は僕の口から吐き出されることはなかった。もしかしたら僕はもう、その時から、その目に捕らわれていたのかもしれない。 「なーにニヤけてんの」 彼女が僕の顔をひょいと覗き込む。半眼で呆れたような茶色の目。今は恐怖も警戒心も見当たらず、どこにでもいるごく普通の女子高生の目をしている。僕はいつのまにか思考の海に沈んでいたらしく、そこでようやくここが寮のラウンジで、何をするでもなくコーヒーを飲んでいたことを思い出した。手の中の缶は、もうすっかりぬるくなってしまっている。 「そんな顔、してた?」 「うん。なんか妙に楽しそうだったよ。キミじゃないみたい」 失礼な。まあ、確かに楽しそうに笑っている僕は僕じゃないかもしれない。 「何考えてたの?」 「別に。岳羽と最初に会った時のこと、思い出してただけ」 なんでもないように言って、ぬるいコーヒーを喉に流し込む。岳羽は一瞬何か考えていたようだが、「ああ!」と合点がいったようにぱん、と手を打った。 「あの時のことね。…でも別にニヤける要素なんでどこにもない気がするんだけど」 「うん、いや、だからさ。もしかしたらその時既に岳羽のこと好きになってたかもしれないってこと考えてた」 多分、あの負の感情を混ぜ込んだ二つの目に、僕は惹きつけられたまま動けなかったんだ。彼女の脚に巻かれたホルスターに銃が収まっているのを見つけた時、僕の心臓は少し跳ねた。それは恐怖とも焦燥とも取れるし、もしかしたら純粋な高揚感だったかもしれない。今となってはもう何もわからない。それでもあの夜の出来事を思い返す度に、最初に思い浮かべるのは岳羽のあの目だった。恋に落ちるにはあまりにも不穏な、けれども目を逸らすことを許されない、曖昧に揺らぐ瞳。それは獣に例えるにはあまりにも弱弱しく、子猫に例えるにはあまりにも力強い。もしあの時、桐条先輩の制止がなければ、彼女はどうしていただろう。4月の満月の夜のように、果敢にも己の頭部に銃を突きつけただろうか?それとも、恐怖に縛られ、身動き出来ずに立ち尽くしていただろうか? 「……いや、ない。それはないから」 「そう?」 岳羽の呆れたような溜息に、僕はほんの少しがっかりした。 もちろん僕は岳羽に一目惚れした覚えはなく、岳羽だってそうなのだと思うけれど、最初に出会ったあの目に何も感じなかったといえば、それは嘘になる。 お互い、どこがどう好きになったとか、そういう決定打は全く無い。特別課外活動部としてタルタロスやシャドウに立ち向かっていく中で仲間としての絆が生まれて、少しずつ相手のことを知っていって、ゆっくりとした歩調でお互いを好きになっていったのだ。それでもたまに、僕と彼女が最初に出会ったあの夜のことを思い出しては、もしかしてあの目に惹かれたのかなあ、と思ったりもする。決定打ではないにしろ、あのぐちゃぐちゃの感情が混じった茶色の双眸から目を逸らせずにいたことは、紛れも無い事実なのだから。 惑星に導かれるまま (070413) |